設計段階からの利用者協働:多言語・ユニバーサルデザインを実現する実践的方法論
公共空間設計における利用者協働の重要性
近年の公共空間設計においては、ますます多様化する利用者のニーズへの対応が不可欠となっています。年齢、性別、国籍、言語、文化、身体状況など、様々な背景を持つ人々が等しく快適に利用できる空間の実現が求められています。これには、単に既存の基準を満たすだけでなく、ユニバーサルデザイン(UD)や多言語対応といった視点を深く組み込む必要があります。
しかし、設計者が多様な利用者の潜在的なニーズや、既存設計への率直な意見を十分に把握することは容易ではありません。そこで重要となるのが、設計プロセスの早期段階から多様な利用者の協働を取り入れるアプローチです。これは、単なる意見聴取に留まらず、設計の初期検討から具体化、評価に至るまで、利用者が継続的にプロセスに関与することを指します。利用者協働は、設計者の気づきにくい課題や、想定外の利用方法を発見し、より実践的で利用者の生活に寄り添ったUD・多言語設計を実現するための強力な手段となります。
利用者協働の手法と多言語・UD設計への応用
利用者協働にはいくつかの実践的な手法があります。これらの手法を、多言語・UD設計の視点から効果的に活用するためのポイントを以下に示します。
1. ワークショップ
- 目的: 参加者同士の対話を通じて、多様な視点からのアイデア創出や課題抽出を行います。設計初期のコンセプト検討や、特定の機能(例:情報提供方法、休憩スペースの設え)に関する深掘りに有効です。
- 多言語・UDへの応用:
- 参加者の多様性を確保するため、外国人住民、障害者、高齢者、子育て世代など、異なる属性の人々を意図的に含めます。
- 多言語での参加を可能にするため、必要に応じて通訳を手配したり、ワークショップ資料を多言語で用意したりします。
- UDに配慮した会場を選定し、筆談や音声認識など、参加者のコミュニケーション手段に合わせたサポートを提供します。
- グループ分けや進行役の配置を工夫し、特定の人だけが発言する偏りをなくします。
2. ヒアリング・インタビュー
- 目的: 個別の利用者から詳細な経験談や特定の状況下でのニーズを聞き出すのに適しています。深いレベルでの課題把握に役立ちます。
- 多言語・UDへの応用:
- 対象者選定にあたり、多様なバックグラウンドを持つ人々にアクセスするためのネットワーク(NPO、地域団体、支援機関など)を活用します。
- 多言語でのインタビューが必要な場合は、専門の通訳者を同席させます。文化的な背景に配慮した質問内容や聞き方が重要です。
- インタビュー場所や時間を利用者の状況(移動手段、体調、介助者の都合など)に合わせて調整します。
3. サイトビジット・行動観察
- 目的: 既存の類似空間や候補地において、多様な利用者がどのように行動しているかを観察し、実際の利用状況から課題やニーズを発見します。
- 多言語・UDへの応用:
- 特定の属性(例:車椅子利用者、視覚障害者、ベビーカー利用者、日本語以外の言語話者)の行動を重点的に観察します。
- 外国人観光客や在住者が案内サインや施設をどのように利用しているか、多言語の情報が有効かなどを確認します。
- 障害者や高齢者が空間を移動する際の困難さ、休憩場所の利用状況などを詳細に記録します。
4. プロトタイピング・模擬体験
- 目的: 設計案の模型、実寸大モックアップ、VRなどを利用して、具体的な使い心地や動線を検証し、実践的なフィードバックを得ます。
- 多言語・UDへの応用:
- 多様な利用者にプロトタイプを実際に操作・体験してもらいます(例:カウンターの高さ、券売機の操作パネル、案内表示の見やすさ)。
- 外国人参加者に、多言語表示の分かりやすさや、文化的な配慮がなされているかなどを評価してもらいます。
- 模擬的に空間を利用してもらい、動線や情報の流れに無理がないか、障害者や高齢者が利用しやすいかなどを検証します。
協働プロセスを設計に反映させるためのポイント
利用者協働を通じて得られた情報は、膨大かつ多様です。これらの情報を設計に効果的に反映させるためには、以下の点を考慮する必要があります。
- 体系的な整理・分析: 収集した情報を、UDの原則や多言語対応の要件といった視点から整理し、重要なインサイトを抽出します。写真、動画、音声データなども含めて記録し、関係者間で共有しやすい形にまとめます。
- 設計への落とし込み: 得られたフィードバックを具体的な設計要素(寸法、配置、素材、情報内容、デザインなど)にどう反映させるか検討します。全ての要望を満たすことは困難な場合もあるため、優先順位付けや代替案の検討を行います。
- 協働成果の文書化: 利用者協働のプロセス、得られたフィードバック、そしてそれが設計にどのように反映されたかを記録に残します。これは、設計の正当性を示すだけでなく、今後のプロジェクトや他の設計者への貴重な知見となります。
国内外には、これらの利用者協働の手法を取り入れ、多様なニーズに応えた公共空間を実現した事例が数多く存在します。これらの事例を参考にすることは、利用者協働の効果や具体的な進め方を理解する上で非常に有効です。
結論
公共空間設計における多様な利用者のニーズへの対応、特に多言語化とユニバーサルデザインの実現には、設計者の知識や経験だけでは限界があります。設計プロセスの早期かつ継続的な段階で、多様な背景を持つ利用者の協働を取り入れることは、利用者の視点に立った、真に使いやすい空間を創出するために不可欠なアプローチです。今回紹介した様々な手法を活用し、利用者との対話を通じて知見を蓄積することが、今後の質の高い公共空間設計につながるものと考えられます。