公共空間のウェイファインディングシステム設計:多言語・UD対応による利用体験向上
はじめに
公共空間におけるウェイファインディングシステムは、利用者が目的地まで迷わず、安全かつ円滑に移動するために不可欠な要素です。近年、国内外からの訪問者増加や高齢化、多様な背景を持つ人々の利用機会増大に伴い、従来のウェイファインディングシステムだけでは十分に対応できないケースが増えています。多言語化とユニバーサルデザイン(UD)を統合したウェイファインディングシステムの設計は、すべての人にとって利用しやすい公共空間を実現する上で、喫緊の課題となっています。本稿では、公共空間におけるウェイファインディングシステムの多言語・UD対応に向けた設計のポイントと実践的なアプローチについて考察します。
ウェイファインディングシステムとは
ウェイファインディングシステムは、単にサインを設置することにとどまりません。これは、空間構成、視覚サイン、音声案内、触覚情報、デジタル媒体(ウェブサイト、モバイルアプリ、情報端末)、人間による情報提供など、複数の要素が連携して機能する包括的なシステムです。利用者は、これらの多様な情報源から現在位置を把握し、目的地までの最適な経路を選択・確認しながら移動します。
多言語・UD対応の必要性
公共空間の利用者は、言語、文化、年齢、身体能力、認知能力など、非常に多様です。言語の壁がある利用者、視覚や聴覚に障がいのある利用者、高齢者、子ども、妊婦、一時的な怪我をしている人など、様々な状況の利用者が、それぞれのニーズに応じた方法で情報を得られるように配慮する必要があります。多言語・UD対応は、これらの多様な利用者が公共空間を安心して、快適に利用できる環境を整備するために不可欠です。これにより、空間の利便性や安全性、魅力が向上し、すべての利用者にとっての公共空間の価値を高めることができます。
設計の原則と考慮事項
ウェイファインディングシステムの多言語・UD対応設計においては、以下の原則と考慮事項が重要となります。
1. 情報の明確性・一貫性
提供される情報は、媒体や言語に関わらず、明確で理解しやすく、一貫性がある必要があります。シンボルマーク、色、書体、案内表現などを統一し、視覚、聴覚、触覚情報が互いを補完し合うように連携させることが求められます。例えば、サインの色分けとデジタルマップの色分けを一致させる、音声案内の情報と触覚サインの情報に関連性を持たせるなどが考えられます。
2. 多言語表示の設計
多言語表示は、単純な翻訳以上の考慮が必要です。 - 表示方法: どの言語をどのように配置するか、文字サイズや行間は適切か、識別しやすい書体を使用しているか。言語数が多い場合は、デジタル情報端末やQRコードなどとの連携も検討します。 - 翻訳の質: 専門家による正確かつ自然な翻訳が不可欠です。特定の表現が文化的に不適切でないか、地域固有の名称の扱いなどを慎重に検討します。 - 情報量の調整: 限られたスペースに複数の言語で情報を表示する場合、情報過多にならないよう、必要な情報を厳選し、簡潔に表現します。
3. デジタル情報提供の活用
ウェブサイト、モバイルアプリ、館内情報端末(KIOSK)などは、多言語・UD対応において強力なツールとなります。 - アクセシブルな設計: ウェブアクセシビリティ基準(WCAGなど)に準拠し、音声読み上げ機能、キーボード操作、色のコントラスト調整、文字サイズ変更などに対応させます。 - 多様な情報提供: テキスト情報だけでなく、音声、動画、点字データなどを提供し、利用者のニーズに応じた情報取得を可能にします。 - リアルタイム情報: 施設の混雑状況、エレベーターの稼働状況、イベント情報など、変化する情報をリアルタイムで提供することで、利用者の計画的な移動を支援します。
4. 音声案内・触覚情報の設計
視覚障がい者や識字に困難のある利用者などにとって、音声や触覚による情報は非常に重要です。 - 音声案内: 要所での自動音声案内、スマートフォンアプリとの連携による詳細な音声ガイドなどが考えられます。音声の速度、音量、明瞭さ、言語選択機能に配慮します。 - 触覚情報: 点字サイン、触知図、誘導ブロックなどを適切に配置します。点字サインは、触りやすい位置と高さに設置し、情報の内容とレイアウトが分かりやすいように設計します。
5. ゾーニングと動線との連携
空間のゾーニング(機能配置)と利用者の動線計画は、ウェイファインディングシステムの基盤となります。利用者が直感的に空間構成を理解し、主要な目的地へ自然に誘導されるような計画が、サインや情報システムの効果を最大化します。主要な結節点や判断が必要な箇所に、分かりやすい案内情報を集中させることが有効です。
6. 非常時対応との統合
災害時や緊急時における避難誘導もウェイファインディングシステムの重要な役割です。平常時の案内システムと連携させつつ、緊急時には優先的に伝えるべき情報(避難方向、危険箇所、AED設置場所など)を多言語かつUDに配慮した形式で、確実に伝達できる設計が必要です。音声、視覚サイン、デジタル媒体などを複合的に活用します。
具体的な実践アプローチ
多言語・UD対応のウェイファインディングシステム設計を実践するには、以下のステップが有効です。
- 利用者調査とニーズ把握: ターゲットとなる多様な利用者層(想定される外国人観光客、障がい者、高齢者など)を具体的に想定し、実際に公共空間を利用する際の課題や情報ニーズを調査します。ヒアリング、行動観察、ワークショップなどが有効です。
- 設計段階からの専門家との連携: UD専門家、翻訳家、多文化コーディネーター、視覚・聴覚障がい者団体、高齢者福祉団体など、関連分野の専門家や当事者団体の意見を設計の初期段階から積極的に取り入れます。
- プロトタイプを用いた評価: 設計案に基づいてサインや情報媒体のプロトタイプを作成し、多様な利用者グループによる実地テストを行います。実際の利用状況に近い環境で評価することで、机上では気づきにくい課題を発見できます。
- 維持管理における情報更新体制: 公共空間は常に変化します。施設の変更、イベント開催、災害発生時など、必要に応じてウェイファインディングシステムの情報(サイン、デジタル情報など)を迅速かつ正確に更新できる体制を構築することが重要です。多言語情報の更新フローも確立します。
国内外の事例から学ぶ
多言語・UD対応のウェイファインディングシステムにおいては、国内外で多くの先進的な取り組みがなされています。特に大規模な交通結節点や国際的なイベント会場、観光施設などでは、利用者の多様性に対応するための様々な工夫が見られます。これらの事例を参考にすることで、具体的なサインの配置方法、情報デザイン、デジタル技術の活用方法など、実践的なヒントを得ることができます。特定の事例を詳細に述べることはしませんが、成功事例に共通するのは、利用者の視点に立ち、複数の情報提供手段を組み合わせている点です。
結論
公共空間におけるウェイファインディングシステムの設計は、現代社会の多様なニーズに応えるために、多言語化とユニバーサルデザインの視点を統合することが不可欠です。情報の明確性、多様な情報媒体の活用、そして利用者本位の設計プロセスを経ることで、すべての人々が安心して利用できる質の高い公共空間を実現することができます。設計実務においては、関連する最新のガイドラインや基準を参照するとともに、具体的な事例を学び、専門家や利用者との対話を重ねながら、最適なウェイファインディングシステムを構築していく姿勢が求められます。